前の ミスチル巻き鳥クロニクル その2 ミスチル暗黒期篇 ( http://mccoelacanth.blog38.fc2.com/blog-entry-41.html ) の続き、暗黒期2回目、 『BOLERO』 篇です。
幼少期からの視聴歴・のめり込み歴が 14年 のチルオタが記事を書いております。
引き続き、主にそのミュージシャンの歌詞に出てくる人の思考パターンについて考えようかと。
ここでは 歌詞の中の人 = その歌手本人の思考タイプ ではない として考えます。
・・・・・・・ミスチルに限って一部除く・・・(笑)
CASE :3 Mr.Children #3
振り返りますが、ミスチルには
(1)初期(デビュー〜抱きしめたい)
(2)黄金期(CrossRoad〜名もなき詩・花あたり)
(3)暗黒期【またを自己否定・他者批判・鬱期】(アルバムは『深海』『BOLRO』)
(4)リハビリ期(アルバムは『DISCOVRY』『Q』)
(5)リセット期(ベストアルバム、またはそれによるポップザウルスツアー
(6)カウンターアタック期(『youthful days』あたり)
(7)桜井個人の文脈を離れた作詞開始期(アルバム『IT'S A WONERFUL WORLD』)
(8)桜井の病気・療養を経て、
より普遍的・且つ桜井しかできないソングライティングへ期
(父性・親性・ヒーロー性・愛だの恋だのいう前のぐちゃぐちゃした思いを洗練化しようと)
(11th『シフクノオト』、12th『I ♥ U』、13thアルバム『HOME』・・・・)
というのが細かくわけてあるんではないかと。
で、その(3)暗黒期について、今日も詩を見てみましょう。
前回は、5thアルバム『深海』に終始してしまったので、今日は6thアルバム『BOLERO』から。
「innocent world」「Tomorrow never knows」で迷える若者の心を描き、約350万枚という驚異的な数字を叩き出した「Atomic Heart」の後に、「深海」という暗いくらいコンセプトアルバムを出した彼ら。それはミスチルファンの『踏み絵アルバム』とすらいわれるほど、それまでのカラーとは違うものだった。それすら初動の売り上げは約170万枚、最終的に約270万枚でダブルミリオン突破。
彼らを取り巻く空気は急速に変わり、ひどい熱を持って彼らを取り囲んでいった。
対照的に、彼ら自身の温度は低く冷めたものになっていく。
このアルバムではシングル曲とアルバム曲の間に温度差がすごくあると思うので、まずは前発シングルから。
everybody goes everybody fights 退屈なヒットチャートにドロップキック
everybody kows everybody wants 明るい未来って何だっけ?
everybody goes everybody fights 秩序のない現代に水平チョップ
everybody kows everybody wants でも No No No No 皆病んでる 必死で生きてる
「everybody goes -秩序のない現代にドロップキック」Mr.Children(1994)
7thシングル曲で、桜井曰く、「サザンでいう"勝手にシンドバッド"的お祭りバカナンバーが欲しかった」とのこと。 (出典: wikipedia )
前作の「Tomorrow〜」からわずか1ヶ月でリリースされたこのシングル。
古本屋で手に入れた1995年2月号の『ROCKIN' ON JAPAN』の巻頭インタビューの桜井のコメントからすると、「ほれみろ!あんな曲の後にこれだぜ!痛快だろ!」だったらしい。そのあたりのインタビューがなんかすんごい空々しくて怖ろしいので、引用します。
●(インタビュアー)俺、あの曲はもう大笑いでした。(中略)
桜井「はははは。あの曲はビールかけみたいなもんで、『このためにやって来たんだよ!!』って言うその一瞬ですよね。それに似てる気持ちのよさがあって、痛快ですね」
●何で俺あれがすごい痛快だったかっていうと、あんなの誰も期待してないわけ。
桜井「ははははは」
●なんかウンコみたいな感じだよ。
桜井「ははははは」
●今までおいしいデコレーションケーキをどんどん出してきたのが、一番頂上に行ったときにウンコを1コ、ポトンッと落とすみたいな感じがあって。
桜井「うん」
●それでなんか桜井ってやつは面白いやつだなあと思ったんだけど。
桜井「うん」
えーとインタビュアーはかの山崎洋一郎さんで、私は買った時、わ、こんな古いミスチルのJAPANある、買おう懐かしいなぁ的な軽い気持ちだったんですがここ読んで心臓あたりが痛くなりました。
桜井さんの「ははははは」の無機質な連続が、こわい。
とあるロック音楽ライターには「痛快なウンコ」と言われたこの曲、しかし世間は彼らを巻き込んでいき続けることをやめません。
桜井さんはほーれ馬鹿が見る、の気持ちで観客に水を浴びせたつもりであろうこの曲、しかし観客は喜んでこれを消費します。ウンコを投げたつもりなのに、ヒットチャートにドロップキックをかますよ、って皮肉で言ったはずなのに、聴衆はどんどん楽しくヒートアップしていく。止められない熱狂の渦。
彼らは濁流に飲み込まれるように、楽しさと苦しさに引き裂かれながら、唄を歌い続ける。
今ここにいる自分をきっと誰もが信じてたいのさ 過ぎた日々に別れ告げて君は歩き出す
何が起きても変じゃないそんな時代さ覚悟は出来てる
よろこびに触れたくて明日へ 僕を走らせてくれ 僕の中にある「es」
「【es】〜Theme of es〜」 Mr.Children (1995)
恋なんて言わばエゴとエゴのシーソーゲーム 図に乗って君はまたノーリアクションさ
何遍も恋の苦さを味わったって 不気味なくらい僕は今恋に落ちていく
「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌」 Mr.Children(1995)
この2曲はどちらも エゴ がテーマになっています。
精神分析においては ego と es は異なるものなんですが、まぁ・・・私は一応勉強しましたけど、彼らはその点では素人だし。
一応説明。
ego : エゴ。自我。精神分析学上の概念で、意識のある機能の中心のこと。
また、エスからの要求と超自我からの自己の規制を受け取り、感情を現実に適応させる機能。
es : エス。無意識層の中心の機能である。
また感情、欲求、衝動をそのまま自我に伝える機能である。
ついでに
超自我 : ルール、道徳観、倫理感、自己の規制を自我に伝える機能を持つ。
まぁ平たく言うと、
超自我=理性 エス、es=本能 自我=統括するところ。現在の自分。
と、解釈したのだと思います、彼らは。
だから よろこびに触れたくて明日へ 僕を走らせてくれ 僕の中にある「es」 は、自分の中の本能が、何にも縛られることなく生きたい、本能を走らせたい、と言うことだと思います。
それほどまでに、たぶんその頃の桜井さんは本来の自分を押し殺して窮屈な思いをして歌を歌って詩を書いていたのだろうなぁと。
STAY 何を犠牲にしても 守るべきものがあるとして
僕にとって今君が それにあたると思うんだよ
「Everything (It's you)」 Mr.Children(1997)
この曲の回りくどさ。好き、とすら愛してる、とすらいうことの出来ない、むしろ禁じられている恋や愛。
それは――不倫。
ここからはアルバム曲。
無礼な口の利き方も知らない小娘 孤独な夜のための生け贄がこの俺
Kiss me......(溺れる者が藁にもすがるように)
Kiss me.....(浮き沈みしながら人は愛をむさぼる)
Kiss me......(ナルシズムと自虐の狭間で彷徨う)
Kiss me......残酷に飼い慣らし 快楽の奴隷にして
Kill me......(血を流すたびに生きている事に気づき)
Kill me......(騙し合いながら真実へと辿り着く)
Kill me......(古き良き愛の幻想など今はない)
Kill me......見え透いた嘘もいい 優しく殺してくれ
Brandnew my lover モザイクの身体 今夜もしなやかに Up side down
Brandnew my lover もう壊れそうだ 愛してるなんて言わないでくれ
Brandnew my lover あがいても無駄だ 麻酔かけられたような Ecstasy
Brandnew my lover Fuckすyる豚だ 果てしない愛欲のA.B.C
そしてX.Y.Z All I want is you 「Brandnew my lover」 Mr.Children(1997)
すみません大好きな曲なのでつい引用が長くなりましたが(汗)。
Brandnew my lover=僕の一番新しい愛しい人。既婚者にとって、いてはいけないはずの、新しい愛人。
快楽、とは肉体的なものでもあり、自分の檻に閉じ込められた本能を開放する場所としての悦び、でもあったのでしょう。
女は生意気な小娘、生贄でもいい。愛してるという言葉が嘘でもいいから、俺を殺して。
いやだ、壊れそうだ。愛してるなんか、言うなよ!苦しい、つらいよ!
ははは、獣のようにセックスばかりするんだなあ俺たちは。醜い。これはセックスなんかじゃなくて、ただの交尾だ。人間以下だ。豚だ。豚だよ。ファックする豚たちだ、俺たちは。
こうして、彼は目の前の檻から解放してくれる女の名を呼んだ。
傍らにいる女には、こう歌う。
通り過ぎる愛の言葉 唇を重ねたって 孤独な風 胸を吹き抜ける
出会った日の弾む鼓動は 日常という名の フリーザーの中で とうに凍り付いてる
”夢のような毎日が手を伸ばせばそこに立ってる”
そんな風に自分に言い聞かせて過ごしてたけど
傷つく事 傷つける事が 互いになんとなく面倒くさかっただけ
形式だけに目を奪われて ただスマートに納まってようとした二人
今となっては 消えゆく幸せのカテゴリー 「幸せのカテゴリー」Mr.Children(1997)
私自身はミスチルの桜井さんとはただのファンとミュージシャンの関係で、だからこそ別に私生活についてとやかく言及したり糾弾したりする立場にはないです。
彼が幸せそうな顔をしていい歌を歌い続けてくれることだけが、私のファンとしての望みなので、別にこの先彼に何が起ころうとも、あーそうかぐらいです。だから、過去に何が起こっても、特に感慨はないです。
だって私は彼の人間性で歌を聴いてるんじゃないくて、『歌』を歌っている彼が好きなのですから。
だから、「幸せのカテゴリー」って完全なる桜井さんのエゴだよな、一方的だよな、とは思っても、それをある種いろんな普遍性に当てはめる彼の能力はすごいなぁと思います。
自分のことを曝け出す歌い方しか出来なくて、自分が一番信じられないからまわりの人間も信用できなくて、ファンがキャーって黄色い声を上げるとうんざりする。
歌っているのに、この世界は腐っている。吐き気がするくらい、醜い世界。
愛さえも手に入る自動販売機さ 屈折した欲望が溢れる街
とことんやってくれ 僕を飲み込んでくれ
でないとこんな歌 明日も作んだろう 夢も希望もありゃしないさ
「傘の下の君に告ぐ」 Mr.Children (1997)
How do you feel? どうか教えてくれ この世に生まれた気分はどんなだい?
How do you feel? どうか水に流してくれ 愚かなるこのシンガーのぼやきを
How do you feel? どうか教えてくれこの地で死にゆく気分はどんなだい?
「タイムマシーンに乗って」 Mr.Children (1997)
こんな世の中は、いらない。こんな自分も、いらない。ぜんぶ、やめたい。
みんなどんな気持ちで生きているの?こんなところで死んでいく、それはどんな気持ちなの?
こんなこんな、醜くて気持ち悪くて吐き気がして耐えられない世界、いや世界じゃない。
醜くて気持ち悪くて意味がなくて何もないのは、僕だ。
どうしようもないや。死にたい。けれど、それもできない。
今はただ、今はただ、
さぁ行こう 報いはなくとも 救いはなくとも 荒れ果てた険しい道を
いつかポッカリ 答えが出るかも その日まで魂は燃え
夢はなくとも 希望はなくとも 目の前の遥かな道を
やがて荒野に花は咲くだろう あらゆる国境線を超え
「ALIVE」 Mr.Children (1997)
alive とは、ただ、生きている状態のこと。
積極的に生きようとはしなくても・・・ただ、僕はここで息をしている。
ただ、歩いている。
遥かなる人生の道を、何もない荒野を、ただ、ひたすら。
生きていれば、きっと笑える時が来る。
生きていれば、きっと何かが見つかるかもしれない。
いきてさえ、ただ、歩いてさえいれば。
だから歩こう。何も考えなくても、ぼくはただ、ぼくはただ。
・・・・・・また小説みたいになっちゃったなぁ。すみません、こういう書き方の書き手なんです。
なんか、書いている内に桜井さんの歌から人生を追体験している気持ちになってきた。
こう、人の思念が入ってきやすくて疲れてしまうのが、メンヘラたるあれです。
すんごい長くなったけどミスチル巻き鳥クロニクル暗黒篇はこれで終わり。次回はリハビリ期です。
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テーマ:Mr.Children - ジャンル:音楽




